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こんな家に住んでいます

  • クリスマスコンサート2007
    羊蹄山のふもとに2003年から住んでます。夏はカヌーと畑作り。冬はスキー三昧。温泉はあるし。いいところです。もう都会では暮らせない・・・。

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2008年4月

2008年4月29日 (火)

小樽手宮公園

桜が満開でした。080429_4

2008年4月26日 (土)

にいちゃんひとりじめ

父さんは参観日なので出勤していきました。一足遅れて兄ちゃんと朝食を食べました。
兄ちゃんがお休みなのでずっと遊んでもらいたがります。洗濯等の一仕事を終え、兄ちゃんと野々花の相手を交代しようとすると「バイバイ。」「センタク(洗濯物していい)。」と邪魔にされてしまいます。兄ちゃんも部屋の片付けなどをしたがるので兄ちゃん部屋に私も付いて行き、兄ちゃんが掃除をする間野々花のそばにいるのですが野々花は「ニイチャン。」と呼びながら涙まで流すほど離れたがりません。部屋の片づけが終わると私を部屋から遠ざけドアまで閉めて欲しいと言うほどでした。兄ちゃんはほとんど1日中野々花の相手をさせられてしまいました。

2008年4月23日 (水)

にいちゃんとののちゃん

学校から帰ると生協のトラックがすでに到着していました。野々花をバギーに乗せて近所のお宅に行きました。荷物を分けていると野々花はイチゴを見つけて「イチゴ、トッテ。」と言っていました。野々花も大根をひざに乗せて帰ってきました。
 「サンポニイク。」と言っていたので、玄関に座らせておいて荷物の片づけをしました。その間に宅配便が届いたりもしました。自分で靴のマジックテープをはずそうとがんばっていましたが出来ませんでした。そのうちに兄ちゃんが帰ってきたので、散歩はあきらめたようでした。
 お友達のところに行きたい兄ちゃんは野々花にDVDを見せて出かけてしまいました。お気に入りの「ウォーターボーイズ」だったので一人でおとなしく見ていました。終わる頃兄ちゃんが帰宅「オワッチャッタ。」と兄ちゃんに向かっていっていました。その後は兄ちゃんとままごと。そして、おもちゃ箱の車に乗せてもらって「ユウビンデス。」と郵便配達をしたり、ドライブに行ったりしていました。その後静かになり、父さんが帰宅して「野々花はどこだ?」・・・。クローゼットに秘密基地を作って隠れていたようです。
 父さんは歓迎会があるので早めにお風呂に入れてくれました。その後父さんを送って母さんも出かけたので野々花は兄ちゃんと留守番。帰ってくると兄ちゃんと夕食を食べていました。
 兄ちゃんにたくさん遊んでもらったせいかとてもご機嫌な野々花でした。

2008年4月22日 (火)

不機嫌のの・・

学校から帰って洗濯バサミで遊んでいました。2個を使ってお話させていました。
 その後はお絵かき。丸やくねくねを描いていました。短い線が続いているのはどうやら文字らしいのですが言っている言葉は聞き取れませんでした。
 「アッチイク。」と言うので畳の方へ上げてあげると違ったようです。ダイニングテーブルのベンチ椅子に座りたかったようですが「イス」の言葉が出てきません。「アッチ。」「コッチ。」とばかり言っているうちにご機嫌が悪くなって怒り出してしまいました。座らせておいても姿勢を崩し、そばを離れられないので、横になっていてもらって片付けなどを始めたら大きな声を出し、泣いてしまいました。気持ちが落ち着くまで方って置かれた野々花です。
 しばらくすると「カアサン、オコシテ。」と言うので起こし、野々花のそばで洗濯物をたたみました。野々花はそばにあるティッシュで、遊んでいました。まもなく父さんが帰って来て「今日はいい子だったか?」と尋ねられましたが、返事はせず「ブーミル。」都合が悪かったのでしょう。(ブー見るはDVDのことです。『モンスターズインク』が大好きだったので)
 父さんにベットで遊んでもらいすっかり機嫌もよくなりました。夕食もしっかり食べる事をお風呂で話してきたようで、夕食もしっかり食べました。食後は横になって休み、テレビで救急車が出てきていたら「キュウキュウシャミル。」と報道番組でしたが見ていました。この日も兄ちゃんの帰宅を待たずに寝てしまいました。

2008年4月21日 (月)

パン教室

休みだからゆっくり寝かせておいてやろうと父さんと言っていたのに、野々花が1番の早起きでした。寝かせようとしましたがだめで、6時には布団から出しました。
 昨日からカタログを見ることを楽しんで兄ちゃんに「コレ、イイ?」などと言って一緒に見てもらって喜んでいます。「ピンクイイ?」とピンクのものを指しているようです。
 パン教室に一緒に行きました。こどもの日の前なので“こいろーる”というケーキも作りました。野々花は鯉の目が入ると喜んでいました。パンつくりは手伝いよりも食べる方が気に入っていました。
 試食のときにコースターを投げ、それを先生が拾ってくれるのに「届かない。」と言って手を伸ばして焦らしているとおもしろがっていました。もう少しのところで野々花は「オシイ。」と言うので大笑いでした。
 帰ってきて兄ちゃんがいないのでご機嫌斜め。気を取り直して母さんと掃除をしました。野々花も床拭きをがんばりました。カーペットを敷いて座らせるとティッシュの箱から引っ張り出しをして散らかしていました。その後兄ちゃんが帰ってきてそれを降らせて遊んでくれるので大喜びです。
 夕方になると大きな声をすぐに出すので母さんに「ひとりで遊びなさい。」と叱られて大泣き。結局、兄ちゃんが部屋にこっそり連れて行って遊んでくれました。父さんお帰りも遅かったので兄ちゃんがお風呂に入れて遊んでもくれました。父さんも帰ってきてお風呂に入ってくれました。
 夜も、父さんに寝かせてもらいました。

2008年4月17日 (木)

4月17日

 お天気がよかったので、ちびっ子広場に行って遊んだようです。5年生のお友達に遊んでもらったようです。その後、あそぶっくに行って遊んで帰ってきたのは17時過ぎでした。
 「お母さんに渡すものあるんだよね。」と西山さんに促されてあそぶっくからもらってきたものは図書カードでした。ニコニコするものの「ハイ、ドウゾ。」とすんなり渡す事は出来ませんでした。おそらく風化ちゃんのお母さんに手渡されたと思ったので「誰がくれたかな?」と聞いてみましたがこれも答える事は出来ませんでした。
 その後夕食まで西山さんと遊び一緒に夕食を食べました。
 食後のデザートに小さいカップのゼリーを出しました。野々花に3個、西山さんに1個テーブルに並べ野々花に数えさせました。1個はすんなり。3個の方は「1、3。」となりました。3個とわかったらなのか、2が飛んだのか不明です。その後、どっちがいいと尋ねると「コッチ。」と言って手で示した方はなんと1個の方。「こっちでいいの?!」と西山さんと二人で大きな声を出したので野々花もびっくりしてしまいました。結局、ゼリーはすべて野々花のお腹に納まったようです。おいしいものでの学習はむかないようです。
 父さんとお風呂に入り、上がってくるとかなり眠そうでした。西山さんにご挨拶をし、兄ちゃんが帰ってくる前の20時過ぎにベットに入り休みました。

2008年4月15日 (火)

子守は大変

帰宅して今日もお絵描きをするといいます。でも、座らせておくと姿勢をすぐに崩してしまいます。職場の会議に出席するため17時半には出かけなければならないので、野々花の相手が出来ません。野々花には横になって遊んでいてもらうことにしました。
 「カアサン、オコシテ。」「キテ。」などと言っていましたがそのうちにうつ伏せとなりました。眠くなってきたようです。そのうちに「カアサン、オナカスイタ。」「ゴハンタベヨウ。」「ゴハンダヨ~。」と他に誰もいないのに呼んでくれたりしていました。
 17時を過ぎ、兄ちゃんも帰ってきました。お腹がすいたと野々花が言っていたので、
兄ちゃんにご飯を食べさせる事を頼み、あわただしく私は出かけました。
 19時ごろに帰ると父さんや兄ちゃんと一緒に野々花も夕食を食べています。「あれっ、
また、食べてるの?」と尋ねると、出かけた後は食べなかったのだそうです。父さんが帰ってきてお風呂に入り、ようやく食べ始めたのだと。兄ちゃんは父さんが帰ってくるまで
大変だった事でしょう。あわただしく出かけたため、落ち着かなかったのかもしれません。
その後はデザートに父さんからヨーグルトももらいご機嫌でした。
 夕食後は父さんと浜田省吾のコンサートのDVDをスクリーンで見て歌っていました。父さんにぴったり寄り添い、肩に頭をもたれかけさせて・・・。父さんは「恋人同士みたいだろう。」とニヤニヤしていました。

お絵かき

家に帰り、ランドセルの中の物を出し、連絡帳を「ミセテ。」と言います。一緒に見ながら「何したの?」などと尋ねてみますが答えてはくれませんでした。
 その後は「オエカキスル。」と言って朝学習のプリントに書いていました。それから落書き帳に描き始めました。ひとりで黙々と描いていました。しまいには鉛筆を2本持って描いていました。
 お絵かきに飽きると人形遊び。優しく声をかけながらマッサージをしているようでした。
ボールに乗せてリハビリのまねをしたりとしていました。
 17時近くになりとさすがに眠くなってきたようで座っていられなくなっていました。父さんも早く帰ってきたので寝転んで父さんのビリーを応援していましたが、鼻に指を入れていじくります。「とびひになりからダメ。」と言ってもやめません。その後お風呂に入っても歌声がなくお湯につかりながらうとうとし始めたそうです。そして、お風呂から上がると「(頭が)カユイ。」と言って、ずっとかいてもらっていました。眠くなると体温の関係でなのか痒いところが気になってくるようです。
 今夜は寝つきがよく、兄ちゃんが帰宅しておやすみなさいをしてあっさり寝ました。

2008年4月14日 (月)

学校用の椅子

所属学級での野々花の机ですが、友達と一緒のものを使用しています。3年生になり、机も少し大きくなって、今までの自作の椅子では高さが合わなくなりました。ののにしてみれば、友達と同じ椅子に座りたいのでしょうが、身体を支えるのもが無いと危なくて座らせておけません。そこで、家で使っていた、座位保持装置付の椅子をちょっと改良して学校で使ってもらうことにしました。Ts3e0604

改良といっても、椅子をキャスター付の台に乗せて固定しただけです。キャスター台に乗せることでちょっと高くなった机にののがちょうどおさまるようになります。教室内の移動も多少は楽になるのではと思います。

Ts3e0605

コンパネに椅子が外れないようにちょっと細工をして、キャスターを取り付けただけ・・。材料費はなんと4000円。手作りは高くつきますね。で、野々花は気に入ってくれたかというと、これが「イヤ!」の一点張りだそうで、結局、先生に支えられてみんなと同じ椅子に座ったのだとか。まだまだ、新しい体制になれず、わがままを言っているようです。まだ、野々花自身に心のゆとりがないんでしょうねえ・・。せっかく作ったのに。

バケツをひっくり返す・・

学校から帰ってくると持ち帰った椅子に座りたがります。椅子に座らせると、雑巾だのバケツだのと言います。学校で掃除の水汲みや雑巾がけを一緒にしていたせいでしょうか。椅子に座ったままでは雑巾はかけられないので椅子から降ろし、洗濯物を取り込みに行っている間に・・・。「ア~ア。」と野々花の声。戻ってくるとバケツの水をひっくり返していました。
 着替えてからはお絵かきをして遊びました。〇付けがおもしろいのか「マル。マル。」と言いながら丸を描いたりしていました。そろそろ、夕食の支度をしたいのでそばを離れようとすると「ココスワッテ。」と言い、そばを離れるとわざと紙からはみ出して描きます。それでも、そばに居てくれないとわかるとひとりで描いたり、クレヨンをばらばらにして遊んでいました。
 父さんの帰りが早かったので、父さんと一緒にお風呂に入ると大きな声で歌っていました。季節は春なのに聞こえてきたのはクリスマスの歌です。
 夕食にポテトサラダもありました。マヨネーズの容器を見つけると「マヨネーズトッテ。」と言います。以前、少なくなったマヨネーズを兄ちゃんが音を出しながら搾り出したのが楽しくて覚えているようです。またまた、少なくなっていたので野々花と一緒に最後の搾り出しをやりました。食後にデザートを欲しがり、フルーチェを用意すると父さんに手伝ってもらって楽しそうに混ぜていました。       

2008年4月13日 (日)

アニバーサリー

甘いものが大好きな我が家。札幌のアニバーサリーというケーキ屋さんに行ってきました。円山近辺ということもあって値段もなかなかのもでしたがおいしかったですね。ケーキセットで800円というのは・・・。たびたび行ける所ではありません・・。

一番おいしかったのは「ショコラフランソワーズ」(確かそんな名前)カシスソースがチョコレートケーキにはさまれていて絶品・・。もう一度食べたい・・。写真では手前から2つ目左のケーキです。

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バイスキー

080413_3  さすがにこの日はいったん5時半に目を覚ましたものの8時近くまで寝ていました。
アンヌプリスキー場で、障害者スキー講習会があり、参加してきました。
 目覚めると同時に、身支度をして朝食を取り、母さんと出かけました。参加者に室蘭のお友だちがいるので、楽しみにしていました。受付をするや否や、野々花の担当のインストラクター4人に囲まれフィッティングです。何事かという感じだったのだろうと思います。顔がなかなか上がりません。ようやく準備が整い外で記念撮影になり、お友だちの隣になると手を伸ばしていました。
 バイスキーと言ってスキー板の上にチェアーが載っているようなスキーです。後ろからスキーを操作してくれ、前ではインストラクターが声をかけてくれます。2本目を滑るときに「そろそろののちゃんの声が聞きたいなあ。」とインストラクターに言われた野々花は「オシッコデル。」ホテルまでスピードアップのスキーとなりましたが、これが楽しかったようです。3本目はニコニコで、声も出ていたようです。
 昼食の後、ゴンドラに乗って上で記念撮影。ゴンドラでおり、解散となりました。
 お友だちが家に寄ってくれるのを期待していたようで、そのまま帰ってしまったために「リョウチャンハ。」としばらくご機嫌がよくありませんでした。散歩に行こうと誘っても「ヤダ。」ところが父さんが「自転車に乗るか?」と言うと「イク。」と即答。みんなでミルク工房まで行き、アイスを食べて帰ってきました。まだ、風は冷たく体も冷えたのに帰ってきてももっと乗りたいという野々花でした。

2008年4月12日 (土)

アニバーサリー

札幌スイーツ。値段は高めだがなかなかいけます。

080412

ジャマ

「ジャマ!」ののがよく言う言葉です。ジャマというのは「どいて」という意味もあるようですが、自分が思い通りにならないときにその対象(人・物)に対していう言葉のようです。

最近、カーペットやベットの上でこの言葉を聞くことが多くなりました。身体の硬直が強くなったのと筋力の低下で以前よりも自由に動ける範囲が減りました。以前は横にしておけば、自分の意思で寝返りをしたり、方向を変えることもできたのですが、今は思うようにいきません。硬直した足の関節がさらにその動きを困難にさせているのです。

寝返りのときに「ジャマ、アシジャマ」と言ったときに私は私の足が野々花の身体に触れていたので、それが気に入らないと思っていました。でも、違いました。彼女は思うように動けずに寝返りの邪魔になる自分の足に対して言っていたのです。愕然としました。私はその言葉どう取ってあげたらいいのでしょう。言葉を無くして見つめいた野々花の足。硬直でズボンもはかせにくくなりました。車椅子に乗せるときも引っかかることが多くなりました。でも、野々花の足。動かなくても本来に機能を果たせなくてもそれは野々花の足なのです。

野々花自身は、これからますますそう思うことが増えていくのでしょうね。親として介護者として、そう思わせない対応が求められます。自分の子どもが自分の足をジャマと言う。そんな言葉聞きたくなし、言わせたくないのです。親として…。

荒れ

ののの学校も新体制になり、(担任、所属担任、教室がかわった)野々花も学校に慣れるのに大変なようです。思い通り動けない身体や、思いを伝えられないもどかしさからなのでしょう、かなりのストレスを抱えています。我が家でも、情緒が不安定なところがあり、大粒の涙をこぼしながら泣いたり、とにかく誰かをそばにおいておきたい様子です。朝は5時半ごろから目覚め、自分の両サイドに私とかあさんをおいておき、どちらも自分の方を向けと要求してきます。足が痛いだの、頭がかゆいだの、スキンシップを求めてきます。こんなことは初めてなので相当のストレスをあの子なりに感じているのでしょう。こちらもそれがわかるのでしばらくは要求に応えていこうと思っています。学校でも先生を困らせているそうですし、ちょっとした心の荒れが出ているようです。

野々花に限らず、春の新体制は大人でも不安定になりがちです。自分も転勤して職場が変わった最初の年は胃が痛くなることがたくさんありました。その都度、妻に愚痴を言ったり、休日に発散してストレスを解消したものです。

じゃあ、野々花はどうやってストレスを発散するのでしょう。運動も一人ではできず、愚痴を言うこともできず、酒におぼれる?なんてことはできるはずもない。それがわがままだったり、理不尽な要求だったりするわけです。

彼女なりに精一杯環境になじもうと努力しているゆえのわがままとそうとってあげようと私は思っています。私たちができるのは家庭でできるだけ彼女のストレスを発散させること。学校では困らせさんのようですが、先生にも辛抱してもらって、のん気に気ままにやってほしいなあと思います。障害児教育はやる気とのん気と根気の3つの気なのですから。

2008年4月 8日 (火)

久しぶりの学校で

 春休みが終わり、新年度が始まりました。ののは久しぶりの学校。新しい先生と新しい教室。入ってしまえば、ののの教室。窓からの景色の多少の違いはあっても違和感はないのかもしれません。しかし、そこは今まで1年生が使っていた教室であり、自分の(タンポポ教室)教室はとなりだと思っているようです。

 迎えにいったかあさんの話によれば、下校時のちょっとした時間。電動車椅子に乗ったののは何も言わず、自分の教室を出て、そのまま以前、自分の教室があった隣の教室をのぞきに行ったようです。そこには新1年生の教室であり、今までのたんぽぽ教室とは中もすっかり変わっています。次にのぞきに行ったのはその先の、旧2年生教室。ここにも自分の知っている友達の姿はありません。3年生に進級した友達は2階の教室に移りました。ここも今年度は1年生教室です。(2学級編成のため)

 ののは自分の目でようやくその変化感じ取ることができました。自分で移動できないのの。思いを上手く伝えることができないのの。それでも、彼女の中に新しい学校の変化に気づき、確かめたいという強い欲求があったのだと思います。

 私たちは思いを表現できないののに代わって、その思いをくみ取るよう努力します。しかし、それは本当に野々花の思いなのでしょうか。こんなに小くて、身体的にも知的にも大きな障がいを抱えている野々花が教室の違いを不思議に思い、友達や、自分のいた場所がどうなっていたかを気にしていると察することができたのでしょうか。

 ひょっとすると、どうしてイワ先生はいないの?、教頭先生は?、???・・と声にならない疑問を持っているのかもしれませんね。

 新しい担任の先生は大学を出たばかりの元気一杯の先生です。エネルギーとやる気に満ち溢れています。はじめての教職。はじめての特別支援教育。いろいろ思い悩むことも多いと思います。10のエネルギーが10になって帰ってこないのが障害児教育です。(あえて障害児教育と書きます)自分の指導が思ったとおりの効果がないなんてことはざらですから。そんなときこそちょっと立ち止まって、ゆっくりののと向き合って欲しいと思うのです。彼女の些細な行動の裏にある小さな思いに耳を傾けて欲しいと思うのです。

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